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節分 [風景・和菓子]

わかったような、わかっていないようなもの・・・節分
節分(せつぶん・せちぶん)は、雑節(ざっせつ)の一つ。
雑節は、太陰暦の考え方。つまり暦の考え方。

暦は、時間の流れを年・月・週・日といった単位に割り当て、「今日は何日?」というのを知るためのシステム。世界各国でいろいろな割り出し方がある。
農耕社会では、「いつ種蒔きを行うのか?」「いつ梅雨になる?」「いつ台風が多い」は、死活問題でした。
一年が365日なんて考えた人は偉いと思います。1日が24時間も。ある日、タイムスリップで過去に移動したら、いまなんの時代かわからないだろうな。星座の形が違うとかわからないしねぇ・・・。

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↑吉田神社追儺式の方相氏。追儺式の写真は、2010年のもの。

わかっている人にとってなんでもないことなんだろう。
ここまで書いている時、父親から電話がかかって来た。
「Apple Musicの使い方がよくわからない」とのこと。
暦の問題といっしょで、わかっている人に取っては簡単なんだろうな。
バージョンがドンドン進み、高度になっていくけど、使い方が変わるとわからない。
きっと高齢者が使うなんて想定していないのだろう。
そうそう高機能の体重計が実家にあったのです。母親が新しい物が好きだったらしくあったのです。でも使った形跡がない。父親用に設定しようとしたら、90歳代は対象外だった。元気な90歳代もいるんだけどなぁ・・・。

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話しが逸れた!
節分に戻します。
節分は、雑気の一つと書きました。
雑節には、9つある。節分・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日・二百二十日の9つ。
「社日?」と思うでしょ。私だけかな。産土神(生まれた土地の守護神)を祀る日。春のものを春社(しゅんしゃ、はるしゃ)、秋のものを秋社(しゅうしゃ、あきしゃ)ともいう。
2017年の春社は3月22日、秋社は9月18日です。

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↑追儺式

節分というのは、2月3日だけじゃない。
立春・立夏・立秋・立冬の前日なので4回ある。
各々が季節の変わり目のピークの日という意味かな。
その日は、地上の気が不安定になり、その不安定な気の時、邪鬼が暴れ回る。
4回の節分で冬から春というマイナスからプラスに大きく変化する時が一番不安定と昔の人は考えたかも。しかも昔は、立春が正月でしたから、重要な節分だったのでしょう。

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↑このカットを撮るために2時間以上同じ位置に立たないといけないのですよ。

●節分と宗教
京都市内の社寺で節分行事が盛んに実行するようになったと思う。
まあ、観光資源でしょう。
豆巻きなんかもありますね。私は社寺の豆撒きは好きじゃない。
豆を撒く方はいい。巻かれる方にはなりたくない。行事の開始まで2〜3時間もいい場所を取るために、寒い中ジッと立っているのです。一人で行けばトイレにもいけない。それで豆撒きになったら、亡者の群れのように必死に豆を取ろうとする。そこまでして福が欲しいのかな?見ていていやになる。だから行事に行くのは嫌なんです。
観光客が年々増加して、酷い状態になってきています。
事故が起こったらきっと中止になっていくのでしょうね。
氏子や檀家の人たちがヒッソリとするのがいいと思います。
観光社寺はそうもできないだろうけど。

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↑本家玉寿軒「厄払い」、豆撒きの枡をデザイン化されたものです。

神道と仏教では、ちょっと鬼や福の解釈が違いますね。
吉田神社の追儺式は、神道系なのかな・・・出てくる四つ目の方相氏なんか、どうみても神道系じゃないように思う。鬼の意味合いもちょっと違うかも。
道教的な雰囲気で、この世の苦しみをもたらすのは、邪鬼の影響で、それを退散させれば、病気や不運から逃れられるというような意味合いなのかも。

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↑上用、こしあん

仏教系は、貪・瞋・癡(とん・じん・ち)という人間の煩悩を代表している。
つまり、自分自身の内にあるのが鬼。逆に仏も自分の内にある。
それが縁によって表面化してくる。
だから自分の内にある鬼に気付くこと、それと同時に自分の内にある仏というか仏性に気付くこと。そういう意味になるのかも。

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↑亀屋良長「鬼ハ外」

つまり、神道系のように鬼や神を自分の外にあるとみなすか。
仏教系のように、鬼も仏も自分の内にあると見るか。
そのぐらいの差があるのかも。
まあ、京都市内の観光社寺でやっているのは、神仏は観光客の財布にあると思っているかもね。
「鬼は外 福は内」
「鬼は内 福も内」
「鬼は内 福は外」
「鬼も福も 財布の内」
「鬼は外 福は外 私は空っぽ」
※おまけ/上記の言葉の後に「ほんまに、ほんまに」とつけますとおかしみが倍増します。

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↑きんとん、粒あん

なんか訳のわからない話になってしまいました。
節分の行事で大切なのは、「笑い」だと思う。
「笑う門には福来たる」です。
どうか、大いに笑ってください。
「なにも、笑うことがない」なんておっしゃるあなた。
面白くなくても、笑うのです。ダンダン笑えてきます。
腹筋が鍛えられ、お腹がへっこむかも。
恵方巻きなんて、くだらないことも、笑えるならやればいい。
宗教行事だから豆撒きをやらないというあなた。宗教の根拠なんてないただの遊びなんです。それで笑えればいい。宗教行事だと強く拒否していると頭から角がでますよ。日本はなんでもありの国、大いに楽しんだらそれでいい。
節分ぐらいパーッとやりましょう!

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コメント 4

ソニックマイヅル

おはようございます。「きんとん、粒あん」なんですが、鬼を想像しました。^^;
by ソニックマイヅル (2017-02-02 09:16) 

京男

>ソニックマイヅルさん、こんばんは。
想像でたようですね。合格!
by 京男 (2017-02-02 19:33) 

テリー

吉田神社の追儺式、さすが、重厚な感じですね。
by テリー (2017-02-03 00:20) 

京男

>テリーさん、おはようございます。
この追儺式は、ストーリーがあるのです。
方相氏は、元悪だった・・・。
by 京男 (2017-02-03 05:18) 

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