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狛虎 [社寺]

両足院の続き。
半夏生は、スッピン状態でした。
受付の毘沙門天の写真を撮ったので紹介します。

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以前は、両足院の受付は向こうの入り口だったのに、最近は、この毘沙門天の所になってしまった。
私は、向こうの入り口の方が好きなんだけど・・・。

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この毘沙門天は、両足院の鎮守なんだそうです。
ここの本尊毘沙門天は、鞍馬寺にあった鞍馬毘沙門天の胎内仏なんだそうです。
由来によると「織田信長が、比延山を焼き討ちにしたとき、僧侶たちが、京の町に住む茶家の比喜多養清へと運び込み、難を逃れます。比喜多家は、筑前の黒田家の京都御用達であったことから、黒田長政が関ケ原の合戦へ出陣の折、この毘沙門天を兜に納めて、徳川方で、見事勝利を。その功績により18万石から、25万石へと御加増となりました」なんだそうです。
以来長く黒田家にあった毘沙門天は明治10年(1877)に、黒田家より、この寺へと至ることになったのだそうです。

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この狛虎は、鞍馬山にもあるから鞍馬山の毘沙門天からきているので狛虎もそれに因んだのかも。干支の虎歳の守りになっているそうです。
百足紋は、毘沙門天のお遣いということになっているからなんでしょうね。
百足って前進するだけで後退はないということから、昔の武将にこの好まれた。
トンボ(蜻蛉)も同じ意味合いです。前進しかしない昆虫。
そういえば京男の印伝系の模様は蜻蛉柄です。

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毘沙門天の奥さんってご存知ですか?吉祥天は、鬼子母神の娘さんです。お子さんって居てはるんやろか・・・。
でも大黒天さんが取り持って三面大黒(大黒天・毘沙門天・弁財天)というトリオを組んだはったりします。
豊臣秀吉が出世したのは、三面大黒の力なんだそうです。
建仁寺の近くの高台寺にあります。
高台寺は、豊臣秀吉の正室・北政所「おね」が秀吉没後、出家しておられたお寺。
この「おね」、「ねね」と違うの?といわれそう。「ねねの道」というのが高台寺にあるものね。ひょっとして「じゅんとネネ」から由来しているのか。
「じゅん」って「ちゃちゃ」のことか?
まあ、この問題は、また別の機会に。

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私なら新・三面大黒(大黒天・弁財天・お多福)なんかいいかもと思う。
なんでお多福?と言われるかもね。
清水寺では、七福神(恵比須天・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋尊)にお多福を足して八福神にしていると森貫主がおっしゃっていた。

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↑百足紋。そういえば最近大百足は家に出没してないな。でて来て欲しくないけど。

七福神は、多国籍神様連合なのをご存知?
恵比須天・・・日本
大黒天・・・・インド
毘沙門天・・・インド
弁財天・・・・インド
福禄寿・・・・中国
寿老人・・・・中国
布袋尊・・・・中国
七福神を見ていると日本の立場が低いですね。なんとかしないと・・・。

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同じ建仁寺塔頭禅居庵の摩利支天と毘沙門天がタッグを組んだら最強かもね。
天部の神仏の組み合わせって面白いですね。

なんや両足院と関係ない話題に流れてしまった。
すんまへんなぁ・・・。

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タグ:京都 社寺
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