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人の振り見て [風景・和菓子]

故事ことわざに「人の振り見て我が振り直す」というのがある。
最近、故事ことわざは、学校で教えるのかな?
私は、なんで知っているのか?学校で習った?
ようわかりません。

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意味合いはわかりますよね。
「他人のやっている動作や態度で好ましくないと感じたら、その相手をとがめる前に、自分は他人に対して同じようなことをしていないか、他人の行動を自分のこととして省みなければならない」

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どうしても「自分はいいのだ!」と思いがちだ。
人間の目は、外向きについている。
他人のことはよく見える。でも自分のこととなると全然見れてないことに「時々」気付く。「時々」なんです。

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↑紫野源水「水尾の香」

自分の状態を全然わかっていない。
時々がっかりする。
他人のことは、比較的よく見ているように思う。
それもよく見ているような気持になっているだけかも。
でも、嫌なことはよく見える。
他人の嫌なところを見るということは、自分にも同じようなところがあるということなのかも。
一種の波動共鳴のようなものかな。
音叉ってあるじゃないですか、同じHz数の音叉なら、片方を鳴らすと、もう片方を鳴らしていないのに共鳴して鳴る。
それと波動共鳴のような状態で他人の嫌なところや欠点が見える。

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↑薯蕷製、白こしあん、柚子皮入

これは、運命や病気でもありうるのかも。
幸も不幸も自分の内部の問題なのかも。
この自分の中のソフトウェアを修正しないとだめかも。
自分の中のソフトウェアを修正するなんてできるのかな??
できるできないは、棚にあげておいて、気付くことが必要なのかな?
嫌な風景を見たとして、私はなぜ「嫌な風景」と認識したのか、感情をまじえずにただ観たらいいのかも。
もし目の前の人と会話をして、嫌な気分になった時、そんなことが思えるんだろうか?自分が一番可愛いと思っている心の動き「エゴ」が動いているかどうかを観察できるかどうかかな?
「あっ!怒ってきた」と感じることができるか?

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↑紫野源水「寒ぼたん」

そうか!
夢を見ている時、夢の中の自分を客観的に観ている自分がいる時がある。
あの感じかも。あれってなんだろう?どっちが本当の自分なんだろう?
「夢の中でアタフタしている自分」と「そのアタフタを見ている自分」。
後者の方が本当の自分なのかも。でもその冷静な自分だけが自分というのも面白くない。
面白い?なにが?
体験?
体験を通じて自分を知る?
そうでない。
肉体を離れれば、きっとり知るというか思い出すだろう。
肉体を通じて体験することが目的なの?
そうかも。

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↑煉切製、白小豆こしあん入

何を書いているんだろう。
でも面白いから記事にしておきます。
私的メモになので、写真だけ見て置いてください。

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