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矢取地蔵 [社寺]

ここは、九条千本の羅城門跡の碑がある公園へ入る所にあるお堂。
矢取地蔵(やおいじぞう)尊のお堂。
この矢取地蔵には、伝説があります。

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ことの始まりは、823年(弘仁14年)嵯峨天皇から空海に東寺が、守敏に西寺が与えられた。守敏僧都は、参内すると凍った水を湯のような水にしてみたり、火鉢の火を消してみせたりと、帝にさまざまな加持(術)を行い、色々自分の実力をアピールしていた。帝はそのことを空海に伝え守敏僧都をほめると、仏法を手品のように扱うことを嫌った空海はこう申し上げた・・・「私がいるところではできないでしょう」と。
そこで嵯峨天皇は、空海を物陰に隠し守敏を呼び出して同じ術を見せてもらうことにしたが、陰で空海が逆の術をかけていたことから、守敏の術はうまくいかなかった。
守敏も普通の人でないので、空海が邪魔をしたと認識。空海にやられたと怨んだ。
翌年824年(弘仁15年)、日本は干ばつになり、嵯峨天皇は、空海と守敏に雨乞いを依頼した。儀式の場所は、神泉苑。
守敏は、嵯峨天皇に「私が先に雨乞いをする」と言い、七日間の祈願にはいりましたが、少量の雨が降っただけだった。
次ぎに、空海が雨乞いの儀式をやることになった。七日間の祈願したのですが、雨が降らなかった。空海が原因を探査すると、守敏が竜神を隠していた。(そんなことが出来るって結構実力あるのかも)
空海は、嵯峨天皇に二日間の祈願を延長を願った。どうしたのかというと天竺の竜神を使った。守敏は、一柱の竜神を隠しているので油断した。まさか天竺の竜神を連れてくるとは思わなかった。
空海の読み通り、豪雨となり祈願は成功した。

私が守敏なら、隠した一柱の竜神を使ってもっと豪雨にして災害になるまで雨を降らす。すると空海の評価が下がると思う。そうなったら下記のような矢で暗殺未遂なんてしなくてもよくなるのに。
ただ、空海が使ったのが八大竜王神ならその企みは上手くいかないだろう。

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守敏は、加持祈祷の力で空海に負けたことになり、国中の笑いものになった。
それを怨んだ守敏は、空海を闇討ちしようとした。矢を放ち空海を殺そうとした。その時、黒衣の僧が空海を助けた。その僧の肩口に矢が刺さった。次の瞬間、その僧は姿が見えなくなった。この羅城門のところにあるお地蔵さんの肩に傷があった。
それが矢取地蔵の始まりです。

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この事件があってからも守敏は西寺を守っていたが、ダンダン寂れてしまった。
今でもあったら、きっと観光名所になったでしょうね。

※肉が食いたい!
突然、肉が食べたくなる時があります。
身体からの要請。
そんな時は、取りあえず最寄りの場所で肉を食べる。

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この時は、フードコートでサーロインステーキを食べた。
ランチ時でなかったので、並ばずに済んだ。
注文すると出来上がりを知らせる機械を渡してくれる。出来上がったら知らせてくれるのです。京大病院と同じ仕組みやなぁ・・・と思っていたら、紙コップを渡される。これって検尿みたい・・・と思うと笑えてきた。

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出来上がったのがこれです。
私の場合、ライスもサラダ、スープも入りません。肉だけが食べたいのです。
父親は、こういうのを見て不思議がります。
よく考えたら優雅でないですね。

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タグ:京都 社寺
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