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通りすがりの山鉾 [行事]

昨日、用事があり祗園祭の後祭山鉾のあたりを通りました。
ちょっとだけ撮影してみました。
説明は、どこかのサイトでしてあると思います。

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↑四条御旅所の3基の神輿

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↑冠者殿社、四条御旅所の横にあります。日頃は地味な場所ですが、祗園祭の時は晴れやか。

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↑真ん中のビルが山鉾の形なんです。山鉾巡行の時、こういうのが出て来たらびっくりするだろうな。

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↑大船鉾

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↑大船鉾、152年ぶりに復元された「竜頭」。元治元年(1864)、幕末の蛤御門の変で焼失したそうです。

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↑大船鉾、舵の部分

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↑南観音山

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↑南観音山

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↑北観音山

まだ、写真はありますが今日はこれぐらいにしておきます。
本日が後祭宵山で、24日(日)が後祭山鉾巡行です。天気は良さそう。
日曜日は、家で引き籠もりになるでしょうね。
交通規制にひっかかったら困りますからね。

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  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
  • メディア: 単行本


↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをします。詳しい説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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さすが立派な神輿 [行事]

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↑四条通、新京極信号あたり、南にあります。

昨日所用で四条方面に行く。
実家の親用買い物代行ね。
その途中、四条寺町付近にある四条御旅所の付近が何か用意をされていた。
そうか7月24日は、祇園祭の還幸祭。

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四条御旅所に来ている三基の神輿が、市内を巡り八坂神社に戻ります。
祇園祭は月末まで続くのです。
一ヶ月も祭をしている。
タクシーの運転手さんが、いちいち交通規制をされるのでたまりませんとぼやいておられた。
たしかに交通規制で大混雑します。
観光のためと京都市はいうけど、住んでいる地元の人間はちょっと迷惑かも。
八坂神社の氏子じゃないしね。
いつも書くように京都人は、自分が関係する祭以外には、あんがい無関心なんですよ。「人がいっぱいでややこしいのはかないまへんなぁ〜」といいます。

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↑東御座:櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

東御座の櫛稲田姫命は、素戔嗚尊が八岐大蛇から救った女性、後に結婚。

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↑中御座:素戔嗚尊 (すさのをのみこと)

八岐大蛇退治の主役、姉が伊勢神宮内宮の天照大神。

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↑西御座:八柱御子神(やはしらのみこがみ)

素戔嗚尊と櫛稲田姫命の間に生まれた8人(柱)の神様。
長男とされる総光天王を筆頭に、魔王天王、倶魔羅天王、得達神天王、良侍天王、侍神相天王、宅神相天王、蛇毒気神天王。

この三基の神輿が市内・・・といってもそんない広くはありませんが。
ひょっとしてその状態は観たことがありません。

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山鉾巡行に行ってきたような記事を書き [行事]

昨日午前中、Skypeや電話で話しながらデスクワークをしておりました。
そこへ、メールで山鉾巡行の写真が送られてきました。
ブログに使っていいとのことなので、お言葉に甘えさせていただきました。
彼の会社から山鉾巡行が見えるのです。
Y.Iさん、写真をありがとうございます。
仕事になるような、ならないような・・・・でしょうね。
今年は、あまり暑くなくカンカン照りでもなく、まあまあの日よりだったことでしょう。
私もサラリーマン時代は、会社へ歩いて行っていたのです。
山鉾巡行当日、朝の四条河原町の雰囲気はわかります。

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↑Y.Iさんからの写真

カップルが浴衣を着てフラフラ歩いていたりするのが風情のあるものでした。
男性がちょっとうなだれて歩いたりしてね。(笑)
浴衣って昔は、湯上がりとか、寝間着、日本舞踊の稽古着的な存在だと思っていた。
最近は、どうやら着物だと思っている男女が多いようですね。
いつからそうなってきたんだろう。
体型が昭和じゃなくなってきているから、似合わない人が多いですね。
特に男性は、悲しいほどペラペラした身体が多い。
誰かしっかりした着方を教えた方がいいですね。
左前で着たりするといけませんよ。ひょっとして意味がわかっていないかも。

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↑Y.Iさんからの写真

山鉾巡行で思い出すのは、粽です。
私の小さい時、山鉾巡行の時、粽をまいたものです。
見ている人が必死に拾う。
小さい時、必死になって拾いました。食べようと剥いても中身がなかった・・・。
なんか騙された気持ちになりましたね。
いま、粽のお札をまいたらすごいことになるでしょうね。

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↑Y.Iさんからの写真

結婚して堀川御池のマンションに住んだのです。
夜、祇園囃子の練習が遠くに聞こえていた。
長女が7ヶ月ぐらいだった。
宵山の時、粉ミルクがないことに京女が気付いた。
しかたなく、宵山をやっているあたりの薬局なら営業しているだろうということで、長女を乳母車に乗せ、宵山に行った。あの頃の宵山は、今みたいに人が多くなかったのです。いつからだろうあんなに人が集まるようになったのは。
無事、粉ミルクを買って逃げるように家に帰りました。
いまでは、懐かしい思い出です。
あの頃、後に子供が3人も増えるとは想像もしていなかった。

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節分考 [行事]

そろそろ節分やね。
節分とは、立春の前の日をいいます。
今年2012年は、2月4日が立春。
つまり4日から春ということになります。
節分は、立春の前日をいいます。
季節の変わり目ということでいうと節分は年に四回あります。
立春、立夏、立秋、立冬なんです。
でも冬から春がやっぱり節分という感じがしますね。

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季節が移行するから波動的に不安定ということで、その時は日頃静かにしている邪鬼(鬼)が騒ぐという考え方です。
節分の行事は、邪鬼を祓うという行事です。
その代表が豆撒きやね。
最近は、大豆(炒り豆)じゃなく袋入りピーナッツなんかを巻くようです。
後片付けからいうとそうやけど・・・効果はないだろうな。

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↑吉田神社追儺式、方相氏

節分鰯というのもあります。
鰯を焼いた煙でいぶしたり、門(かど)に鰯の頭を柊の枝でさらしものにする。
邪鬼は、生臭い匂いが嫌いらしい。
そんなのやられたら京男でも家に入られへん。

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↑吉田神社、黄鬼

家族が笑う。
家族が明るく笑うのを邪鬼は嫌うそうです。
例え明日デフォルトになっても、笑いましょう。
無意味に笑われても結構怖いけど。
京都の商家の節分では「福は内、鬼は外」と家長がまき、その後ろから「ほんまにほんまに〜」という人がいる。それを聞いて家人が笑うというのがあるとききました。
なかなか奥深いですね。
まあ、鬼も福も個人個人の潜在意識に潜んでいるものでしょうから、自分に向って大きい声で言えばいい。理想は「心の中にいる、福さん、鬼さん、仲良くしましょ!」と言えばいい。
「私の心に鬼なんかいない!」というあなた、たまたま鬼が出てくる縁にふれてないだけです。

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↑千本釈迦堂・おかめ節分会

京都の花街では、「お化け」というのもあります。
芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をする。
それはそれで面白いと思います。
厄払いとは関係ないかも。
京都の街には、年中お化けみたいなカッコをしたお兄さん、お姉さんが闊歩していますな。これも面白いけど。
そうそう祇園なんかを歩いていると偽物のお化け舞妓なんかも出没しています。
恐ろしい世の中になったものでございます。

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↑いつかの年の巻き寿司

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↑もらいものの巻き寿司、我が家は切っていただきます

恵方巻きというのもありますね。
あれは、大阪の海苔組合が考え出した行事。
元々は、お座敷で舞妓さんに海苔巻きを咥えさせて、食べる様を喜んでいたもの。だから結構やらしい行為なんですよ。知らないでしょ。
巻き寿司は、切ってお箸でいただきましょう。
だからそんなことをしても恵方から神様はやってきませんね。
夢を壊してしまってすんませんな〜。

※本日の写真は過去のものです

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祇園祭・・・ [行事]

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昨日タクシーで烏丸四条辺りを通った。
そういえば山鉾の写真を撮っていなかったと気づく。
本当は降りたくなかったけど落ちた。
なんか祇園祭は億劫だ。

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京都の人間としては、自分が氏子の神社以外のお祭はどうも興味がない。
人が多いややこしい場所にいきたくない。
そいう風に思っている。
フォントの関係なんだろうな。
祭の名前がよくわからない。
「祇園祭」「祗園祭」「擬音祭」・・・。

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そもそも何が目的のお祭なのか?
由来を調べてみました。
八坂神社だからスサノヲノミコト(素戔嗚尊)、クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)その他の神が祀ってあるから、スサノヲノミコトのお祭が祇園祭だと思っていた。素民将来の話もそうだしね。
ところが実は、牛頭天王の祭のようです。
863年(貞観5年)神泉苑の御霊会(ごりょうえ)を行ったのが最初です。
平安京は、内陸の湿地であったため高温多湿でしかも上下水道が完備していなかった。だから瘧(わらわやみ=マラリア)、裳瘡(天然痘)、咳病(インフルエンザ)、赤痢、麻疹などが大流行していた。
それと長岡京遷都工事中に起きた藤原種継暗殺事件で無実を訴えながら亡くなった早良親王ら六人の怨霊が街を覆っていたのが疫病の原因と陰陽師が言った。
それらを鎮めるために御霊会が始まったのです。

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さて牛頭天王は、もちろん日本の神ではない。
お釈迦さんの祇園精舎の守護神なんです。
祇園の八坂神社というのは祇園精舎から地名がきている。
蘇民将来説話は、もともと牛頭天王の話らしい。
この牛頭天王は祇園神、陰陽道では天道神、神道では素戔嗚尊、仏教では薬師如来と同一の存在なんです。
日本人って凄いのは輸入の神さんをすべて統合して崇拝するという特徴を持っていますね。
以上のような統合を、神仏習合、本地垂迹(ほんじすいじゃく)といいます。
いまでもクリスマスをしたり、お正月には初詣に行き、お盆はお寺に墓参りしたり、最近では、ハロウィンや復活祭をしたりをやってしまうのが日本人の特徴ですね。

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さて牛頭天王の嫁探しの話を書いて起きます。
牛頭天王は、7歳にして身長が7尺5寸あり、3尺の牛頭をもち、また、3尺の赤い角もあった。成人して后をむかえようとするものの、その姿かたちの怖ろしさのために近寄ろうとする女人さえいない。牛頭天王は酒びたりと婚活の毎日を送るようになった。
3人の公卿が天王の気持ちを慰安しようと山野に狩りに連れ出すが、そのとき一羽の鳩(元総理大臣ではない)があらわれた。山鳩は人間のことばを話すことができ、大海に住む沙竭羅龍王の娘のもとへ案内すると言う。牛頭天王は娘を娶りに出かけるです。
旅の途次、長者の古単に宿所を求めたが、慳貪な古単(古端、巨端)はこれを断った。それに対し、貧乏な蘇民将来は歓待して宿を貸し、粟飯をふるまった。蘇民の親切に感じ入った牛頭天王は、願いごとがすべてかなう牛玉を蘇民にさずけ、蘇民は富貴の人となった。(牛玉ってなんやろ・・・三室戸寺の牛さんの話みたいやね)

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龍宮へ赴いた牛頭天王は、沙竭羅の三女の婆利采女を娶り、8年をそこで過ごすあいだに七男一女の王子(八王子)をもうけた。豊饒国への帰路、牛頭天王は八万四千の眷属をさしむけ、古単への復讐を図った。古端は千人もの僧を集め、大般若経を七日七晩にわたって読誦させたが法師のひとりが居眠りしたために失敗し、古端の眷属五千余はことごとく蹴り殺されたという。この殺戮のなかで、牛頭天王は蘇民将来の娘ひとりだけは命を助け、「茅の輪をつくって、赤絹の房を下げ、『蘇民将来之子孫なり』との護符を付ければ末代までも災難を逃れることができる」と除災の法を教示した。

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なかなか面白い話ですね。
今年は土日で天気もいいから凄い人だろうな。
私はよう行きません。

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