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三本足のカラス [社寺]

台風一過、昨日は爽やかな天気だった。
噂では、そうやら敬老の日ということになっている。
京都市内の町内会は、高齢者に記念品を配ってくれる。
実家の町内は、2000円の百貨店の商品券をもらっていた。昔は、紅白上用饅頭がも配られていた。でも昨今カビが生えていた事件があり、廃止になったそうです。
だから、父親は、私達夫婦が行くと何かを期待しているのでしょう。(笑)
昨日は、直観的忖度ですべてクリアしました。

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京都市内の小学校の学区に1〜2件のお餅屋さんか和菓子屋さんがあった。
何かにつけて紅白上用饅頭が配られた。小学校や中学校の入学式や卒業式などの祝い事には、紅白上用饅頭がつきものだった。
結婚式でも紅白上用饅頭、お嫁さんが挨拶回りに持参する大きな紅白の上用饅頭で、中に小さな上用饅頭が入っているものも普通に配られていた。葬式では黄白上用饅頭というのもある。
最近、そういう風習はなくなってきている。小さなお餅屋さんや和菓子屋さんも後継者がいなくて廃業という状態が多くなった。

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お嫁さんの挨拶回りの「お嫁さんのおまん(他府県ではとんでもない意味になる場合もあるかも)」を子供は食べさされる。あれが嫌いだったなぁ・・・。
そうそう私が幼稚園前、よく母の実家にあずけられた。妹ができたからなんです。
母の実家は、全員甘党の家で羊羹が一人一本食べる家だった。お祖父さんがつくるおはぎも巨大だった。あれだけは、恐怖だった。きっと頑として食べなかっただろう。

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↑新熊野神社本殿

西陣の祖父母の家は、元々和菓子屋だったのです。だから全員甘党。
おじいさんは、御飯にお砂糖をかけて食べていたそうです。
あの家の匂いは、餡を炊く匂いがしていた。
お善哉なんかも当たり前にありました。
でも糖尿病の人は居なかった。母方は、高血圧と心臓病の系列なんです。私もその系統なんです。父方は、祖父母が糖尿病だった。だから父親も糖尿病。でも2型だから普通に生活習慣病なんだろうな。

例によって話が表題からドンドン違う方向に逸れてしまった。
本来のタイトルの話をしないとね。

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↑本殿の屋根にある八咫烏

本日の写真は、今熊野神社(いまくまのじんじゃ)の写真です。
ここは、「京都三熊野」の一つなんです。
後の二つは、熊野神社と熊野若王子神社です。

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後白河天皇は1155年に即位し、1158年に退位したが、退位後も現在三十三間堂の東側にある法住寺にて院政を敷き、その場所は「法住寺殿」と呼ばれる。その鎮守社として新熊野神社が、鎮守寺として三十三間堂が創建される。造営に当たったのは、法皇の命を受けた平清盛・重盛父子なんです。
この時代、熊野詣が流行していた。遠いですよね。だから京都につくろうとなったのです。

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熊野本宮大社といえば、三本足のカラスがお使いとなっている。
三本足のカラスを八咫烏(やたがらす、やたのからす)といいます。
八咫烏は、日本神話において、神武天皇を大和の橿原まで案内したとされており、導きの神として信仰されている。また、太陽の化身ともされる。
足が一本多いだけで太陽の化身ですよ!

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熊野三山においてカラスはミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされており、八咫烏は熊野大神(素盞鳴尊)に仕える存在として信仰されており、熊野のシンボルともされる。近世以前によく起請文として使われていた熊野の牛玉宝印(ごおうほういん)にはカラスが描かれている。
この八咫烏は、日本サッカー協会のシンボルマークになっていますね。

面白いですね。
もしゴミの日に三本足のカラスが来たら、お供えをしないといけません。
だからよくカラスを見た方がいいかもね。

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  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
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Twitter→@kyo_otoko
タグ:京都 社寺
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