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御室仁和寺五重塔 [社寺]

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↑仁和寺五重塔

京都の桜風景で得しているのは、社寺の建物との組み合わせがいいということですね。
それと仁和寺は、ツツジがあるのも特徴かな。
桜の開花も京都市内で一番最後に桜が開花するというのも得をしている。

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「御室」というのは、地名なんです。
「オムロン」という会社がありますね。血圧計なんかでお世話になっている人も多い。創業地が御室なんです。

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↑散った花びらが綺麗に感じた

父親の兄弟姉妹が12人いるのです。
だから皆が京都市内で生まれ育った。
父親と母親、両実家が京都西陣なんです。
祖父が会社を作り、その時、兄弟が京都に呼び戻された。
父親は、大学が関東だったから当然関東で就職が決まっていた。
こういうケースは、よくあったそうです。
私の知る先生も同じように学生の時にお父さんが亡くなり、社長を継いだという例もある。以来ずっと社長業だったそうです。

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↑工事をしたはりました

兄弟が多くて各々が所帯を持つ、しかも同じ会社所属なんです。
従兄弟も会社に入っていた。
そうなると独立し、住んでいる場所で呼ぶのです。
「御室」「龍安寺」「聖護院」「百万遍」「北野」「黒門」という風にね。
住んでいる場所でなんとなく位が決まるような感じもあります。
中には「府庁前」なんてものあります。
まあ、「御所」は居ませんでした。
「祇園」や「四条河原町」「三条河原」なんてのはなかった。繁華街は住むには適さない場所ですからね。
三条河原でデート・・・カップルで座っていて怖ないのかなぁ・・・。
同じように「化野(あだしの)」「鳥辺野(とりべの)」なんかもそうやね。なんでて?昔から有名な墓地、葬送の地なんです。

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ついでに「千本通」というのがありますね。船岡山西麓の葬送地への道に千本の卒塔婆を建て供養したのを通り名とした、または、『日蔵夢記』で、日蔵が地獄へおちた醍醐天皇と出会い「自分を地獄の責め苦から救い出すために千本の卒塔婆を立ててほしい」と、訴えられたので卒塔婆千本立てたことに由来するのだそうです。

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各々の家庭に子供が生まれます。
京男はきっと「聖護院のぼうず」と呼ばれていたのかな?
「ぼうず」とは、子供のことをそういう呼び方をする場合がある。
京女のお父さんが義兄を呼ぶとき「ぼうず」と呼んでいた。
法事の時、おっさん(和尚さん)が居る時、長男に用事があったのでしょう「ぼうす、そこにいった」と言ったらしい。
その時のおっさんの顔が微妙だったとか。(笑)

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なんか写真の説明にもなってない内容でした。
すんまへんなぁ。

和菓子

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  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/01/22
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↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
タグ:京都 社寺
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